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建築設計(意匠)の仕事に就いています.日々のことを綴ります.
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こういう建築をつくりたい
きっと面白い断面(営み)がありそうやん




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今年は新年会じゃなく 忘年会にしましょう
日程としては 12月28日(日)か29日(月)かな
とりあえず 皆様スケジュール帳にすぐメモってください

詳細は後日としまして
ちなみに 前回同様メシ的なものはこちらでたんまり用意するので サケ的なものを
各位ご準備いただければと思とります
おそらく 居酒屋で出てくるようなメニューにします
“お酒ばっかあっても皆あんまのまんしなぁ” って気効かせて デザート的なもの
を買ってくる(若しくはつくってくる)のんとかは かなりステキです
食材買ってきて “これでなんかつくってぇ”とかも 対応します
まぁ そのあたりおまかせします


以上 メシ的なもので何かリクエストあれば お待ちしとりま
それでは 皆様 御周知の程宜しうたのんま




上:前回同様 外でやろう





安藤忠雄 建築展 [挑戦-原点から-] と銘打たれた展覧会が
ギャラ間で開催されている
原点に相応しく 住吉の長屋のモックアップが展示されており
展示会としては小規模だが 濃密な展示内容だ

このモックアップがなんとも感慨深かった
なにせ これはボクにとって いや近大建築学科生にとっては原点なのだから
思い出しますね 冬休みにつくった1/50模型
空間体験してみて思ったけど 意外と大きくもなく小さくもなく しっくりきてたこと
あんだけ没頭してつくった模型は 最初で最後だったかもしれないなぁ

いやしかし まだまだ原点振り返ってる場合じゃない!
まだ何もしてへんで



上:これはある安忠建築の内部空間です さて どこでしょうか






JIA東海支部の設計競技に出しました

「奥」というテーマの 住宅のコンペ

日本の伝統的な庭に見られる 折れる 違える動線(見え隠れ 焦らし効果など)や
桂に見られるような 室と室とを可動間仕切りやレベル差を設けることで
身分の階層性を表したり フレキシブルに空間を変化させ その時々で室の使い方を
変化させていた手法などを 現代の住空間に取り込んで 新たな価値を見出そう
というような趣旨

修士設計で考えてたことを応用できたので 新しい画を作り ダイアグラムを作り
編集し直して提出しましたが ダメでしたネ

敗因は 課題の趣旨にちょっと強引に合わせに行ったことと アイデアコンペに対して
大分重たいプレゼンしてもたから それやろなぁ

ま 懲りずにまた出します




もうとっくに終わったけど 行きました?

「村野藤吾・建築とインテリア -ひとをつくる空間の美学-」

副題がええよね
言い換えると 空間が人をつくるわけやん
現代社会も現代人も こうゆうことにもう少し敏感になったほうがええ
コストダウンやら環境負荷低減も もちろん大事
これ無しには 施主も説得できへんし 社会も許してくれへん
(個人住宅は別やろけど)
でも それと同じくらい大事なことを 村野藤吾は教えてくれる

この椅子<スワンチェア>は箱根プリンスホテルのロビーにあります
座面が一般的な椅子よりも低い
300ちょっとしかない
この低さが妙にええねんなぁ
座った3秒後に眠くなるし かわいいし
見たこと無いけど スーツをパチッとキメた いかにもできそうな男の人が
ちょこんとこれに座っている光景を想像すると
なんとも言えへん愉快な気持ちになる
そんなもんがロビーの豪華な空間の中に整然と並べられると
緊張が和らげられ 人に優しさ親しみ落ち着きを与える
家具一つが空間や人にここまで影響を与えるんですな
見方を変えれば 人って家具や空間から知らず知らずに色んなことを
与えられているんかもしれません
それによって 気持ちかったり窮屈に感じたりするんでしょうな


先日 日経新聞にトヨタの奥田さんのこんな記事がありました

「我が国の衣食住のうち衣食は満足できるが 住ははなはだ不十分」
「寿命も短く 造っては壊し 造っては壊しと資源の無駄遣い」
「豊かな住生活が整備されれば 自動車や家電などの需要にも繋がる
国民が一体となって 住生活を豊かにしていく大きな流れをつくるべきだ」

まぁ今のトヨタの低迷と昨今の金融危機からくるコメントなんでしょうが
つまり 車が売れるには住宅インフラが鍵を握ってると言ってはるんかなぁ
経済が持続的に発展するには 国民の住生活が豊かにならなあかん
ということは国民が自らの住生活に対してもっと考えてや と
ほんで その基盤を担っているのはやつら(我々建築に携わっている人間)は
国民の考えてることと呼応させながら より良いものをつくってや と
そうゆうふうに理解しました

村野藤吾と奥田さんが教えてくれることが 完全に一致してるかは別として
でも 二人とももっと一人ひとりが身の回りのことに
いろいろ感じて考えてやと 仰られているんでしょうな
でも 空間が人をつくるには
人がそれを感じ取るだけの何かきっかけを持っとかへんとね

もっといろいろ感じて 考えて せなあかんわ





夏休み後半に行った屋久島での写真を紹介します




 

 

 

 



今回は前回行かなかった白谷雲水峡と 縄文杉に行きました
どちらも写真にはありませんが...

フィヨルドの時から どうも山登りに興味を持ち始めたようです
今回の旅でその気持ちをより強く確信したのでした





桂へは生涯最低でも2回は来ることになる
一回は桂離宮
そしてもう一回は西芳寺

西芳寺は桂離宮の北西数キロのとこに位置してる
一日で二つ回るのは 時間的に可能だとしてもそんな話は聞いた事がない
以前からいつか来よう来ようと思いながら 要約その機会を設けることができた
目玉が飛び出そうになるような拝観料や こんな辺境の地にも関わらず
ほんとに多くの人が訪れていたことに驚く
しかもここに来るには 事前に往復はがきで予約しなければならない
最近はお手軽なツアーのようなものもあるらしいのだが

何が人をそこまで駆り立てるのか

それはさておき
ここのプログラムは まずお堂で写経をし その後ゆっくりと庭を歩くということに
なっている
写経は初心者の習字の授業みたいなもので 薄く書かれたお手本の上を
トレースするだけ
なんかすごい違和感

とりあえず お経の意味などは後ろに追いやって 黙々と字を書くことを楽しんだ
外国の方にとっては もちろんボク以上に意味がわからない
動物の毛がついたハケのようなものにイカスミをつけて みんな同じ方向を向いて
うつむきながら何やら書いている
彼らは誰よりも早く筆を諦めて 第2ステージのお庭へ

ボクもソコソコにしてお庭へ行きます







ここは立体的な回遊式の庭園と そこにビッシリと敷き詰められたコケの絨毯が
あまりにも有名 コケ美術館だ

少し雨が降ったおけげでしっとりとした彼らは、互いにそのコントラストを
強調しながら こちらに訴えかけてくる
何百種類(正確には知らん)にも及ぶ彼らのグラデーションが気持ちを
柔らかくしてくれる

そしてなぜか食欲がそそられた

これを白米にのっけて食べる画を想像した
今日の晩御飯は、これで決まりだな
コケ丼 いやコケライスに生卵ってのも・・
彩が食欲をソソリマスナ☆
食欲の秋


総評して 確かにここは一見の価値有りだけど拝観料が高過ぎる
拝観料が高過ぎて 素直にここの良さを感じることができなかった
これが素直な印象



桂から京都タワーへ
以下 そこから見える街のディテール











実はこの写真 望遠レンズで撮ったのではなく備え付けの望遠鏡に
デジカメのレンズを密着させて撮影
変な影が入ってなんかいい感じです
この日は望遠鏡がなんか無料でした





『民営化はされましたが、我々にはあまり影響がありませんな、ブヘヘ』




ここからは京都の名所案内








左上:東寺 右上:清水寺 左下:西本願寺飛雲閣 右下:三十三間堂

最後に久々に駅ビルを見てしみじみ
この駅は京都という街のここにある駅だからこそいいのだ
となんとなく感じた
京都の平面的な町並みに比べれば異彩を放ちまくってはいるが
京都らしさ(それは京都の閉鎖的な印象かもしれない)を損なうことなく
駅としてのゲート性を損なうこともなく 威風堂々と佇んでいる
一方 何者をも寄せ付けない外からの様相を持ちながらも『駅』という機能が
あるからこそあの建築が成立しているのかもしれない という見方もできる
逆に『駅』であったからこそ原さんはこうゆうものを生み出そうと
決心したのかもしれない

西芳寺の苔という名の時間性と 駅ビルがこれから何年もあそこに横たわり続け
苔が生えたその風景を感じながら ボクにも一生に一度でいいから
このようなものをこの世に産み落とせるだろうかと考えたりしてみた

ボク自身 全身からまた心臓から苔が生えたようなそんな奥深みを持った人間に
なれるだろうか

そうなりたいとも思った







先日住宅を見に行った

行きは雨が降っていた
どうしようもない雨なので 今日を諦めたくなった
重くなったジーパンが膝に引っ掛かってギコチナイロボットみたいだ

目的地は神戸の塩屋
友人のオカザキ君の紹介で遠藤秀平設計の住宅“ROOFTECTURE”を
見せていただいた
といってもオープンハウスではない
竣工してもう幾らか時間が経っているし 既にご夫妻が入居しているわけで
しかも そんなところにズカズカと入っていくわけで 誠に恐縮な思いでした
しかも失礼ながらボクは初対面で ご夫妻の名前も知らなければ
どういった方かも存じ上げていなかった



外観を見る

世界中を漂ってきたトタンの破片がどっからか飛んできて なんとか崖の
中腹に引っ掛かった この住宅にはそういった印象を受ける
なんとも緊張感の絶えない場所にあるけれど どことなく楽観的で自由だ



硬くなったジーパンの裾を折り曲げ 中に入れてもらう
内壁の木部分の仕上げは殆どシナ合板の無垢だ この仕上がりが素晴らしい
一箇所一箇所に魂が宿る
決して高価な材料ではないながらも 材料達は誇らしげにこちらに
微笑みかけてくるよう

ボクもそれに応えて一人心の中で応える


ご夫妻しか住んでいないということと 断崖絶壁の限られた空間に
計画されていることもあって 建築自体はそれほど大きい規模ではない
しかしながらこの住宅は その規模云々ではなく小宇宙を感じさせるのだ
部屋の中にある世界中の郷土品や家具には ご夫妻によって命を吹き注がれ
単なる“もの”としての意味を超えて ウエニシという名の天文系の惑星として
そこに存在する意味を持っていた

そんなことをモヤモヤと考えていた

住宅の直下を走る電車 車 そしてその先に目をやれば
圧倒的なスケールを持った海
それは小宇宙の一要素に過ぎず いつの間にかここの敷地環境の特異性などは
頭の隅に追いやられ 気がつけばウエニシさんに夢中だった


オープンハウスというものは建材の新鮮な(ケミカル系な)匂いと共に緊張感の
ある空間体験ができる
一切の生活感を排除している分 こちら側に様々なことを創造させる余地を
与えていて それについて居合わせる誰かとあれこれ議論したりする
ウエニシ邸では そういうことではなかった
この住宅を通してウエニシさんというある小宇宙を知ることができたのだ



つまり今回は 住宅を見たというよりは ウエニシさんに出会えたことが
何より重要であった







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