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第21回高松宮殿下記念世界文化賞 絵画部門受賞記念講演会2009
「アートの起源」 講演:杉本博司
に 行ってきた
今日は杉本さんの話が聞けて本当によかった
ここんとこ 自分が具象の世界にドップリ漬かり過ぎてて
嫌気がさしてたとこだったから
すぎもっさんの作品は 抽象的とも言えるしそうでないとも言える
具象を対象としながらも 非常に抽象的な作品もある
ロスコ絵画のような写真を撮るかと思えば 護王神社のような建築作品もある
講演会のスライドでは 古代の洞窟の写真から
U2のライブ映像
火星(いや木星やったっけ?)の写真
お能のお面
現在のプロジェクトなど
かなり多くの切り口が紹介されてたけど
全てにちゃんとストーリー(一貫性)があった
発見だったことは すぎもっさん自身を知ったことだった
あの人の作品を実際に見たことは 何度かあるけど
その作品を見ている時に 彼がどういったことを考えて
作品を作ったのかということを あまり意識したことがなかった
あんまりそのことを知る必要性を感じなかったのだと思う
自分の中でかってに解釈して それですごい納得できたり
共感することができたから
ただ今日彼の言葉を聞いて 彼を少し知ることができて
彼への興味がこれまで以上に湧いてきたのと同時に
作品の解釈・理解が深度を増し そこから連想できる世界も
大きく開かれた感じがする
それと 本当に素直な人ですすぎもっさん
自分のやりたいことに正直
自分の考えてること・やりたいことを 臆することなく
自信を持っていろんな人に伝えることが出来る
そういうことを通して 自分のやってることが確信へと
繋がって行ったりするんだろうか
穏やかそうに見えて かなり熱い魂を持った人だった
これは 作品を鑑賞しているだけでは 伝わってこない部分だろうな
「苔の蒸すまで」 読んで 少し勉強しないと
※写真はカカモト撮影 場所:フィンランド
上:プレゼン メインイメージ
コンペ出しました
第23回建築環境デザインコンペティション
第18回以来やから 5年ぶりやね
時の経過が 非常に気になりますが...
ともあれ 当日消印有効ぎりぎりチョップ提出 完了也
コンペの課題タイトルは「風と生きる建築」
風を生かした素敵な建築提案してくださいやーってやつ
例の如く ブログ表題は 今回コンペのタイトル
ボクは 公園としての墓地を提案
本来建築を提案しないといけないから
今回の提案は少しアウトロー的なことになると思う
写真の白い箱が 墓石のひとつ
墓石に ぽーんと穴を開けてやって
風車のような発電機能を搭載させます
そんな墓石で作られた風景を持った公園の提案
詳細はまた今度
あーねむた
一ヵ月後 ボクは風になります
待ち遠しすぎる!
一ヵ月後 多分寒いけど わしゃ走るぞ
荒川を誰よりも早く疾走したる
ちなみに
主なパーツのラインナップは以下の通り
■フレーム
TESTACH Tense
材質:鉄(クロムモリブデン鋼)
色:黒艶消し
サイズ:600mm(シートチューブ長)
■コンポーネント
shimano 105
だれか チャリンコのチームつくろや
いや マジで
近頃は メールや携帯電話の発達で
いつでもどこでも誰かとつながってしまう
ええこともあるけど めんどいことも多い
いや めんどいことが断然多い
最近は もう今の携帯やめて
どこもから新しく出てるフケイタイを携帯しようかと思ってます
料金プランが1種類とシンプルで なんとずーっと0円
本当にでーへんかな
世間は ほんまに狭いから
上野駅から少し歩いたなんの変哲もない歩道で 夕方の5時に
ばったり『ちゃ』に会うたりする ほんまに ばったり
ボクはまったく気づかなかったけど
(彼はジャコメッティのつくる作品のような体系をしているので
一般の人はその存在にあまり気づかないでいる)
彼は ボクがB1大のポスターパネルを世界堂の袋に入れて持ち歩いていたから
すぐに気づいたみたい
そんなに久々に会うわけでもないのに
あまりにもばったり会うたことで なんか声かけられた瞬間から
3分間くらいわけのわからん緊張があった
そんな運命的な出会いをしたものやから とりあえずボクの用事に付き合ってもらうことに
CYCLES YOKOO ってロードレーサー専門のチャリンコ屋に行く
TSTACHのフレームの納期について聞いてみたけど
今日は土曜日と言うことで メーカさんが休みやから わかりまへん という返答
やれやれ
いつになったら 風になれるんやろ
その後 彼の用事にも勝手に着いて行く
丸の内にある新丸ビル
黒くて外観は結構好き
それにしても 同じ東京といえど
場所によって そこにいる人の層はがらっと違うもんです
今日は昼から一人上野で調味料や中古CDを探してましたが
アメ横歩いてる人と 新丸ビルの客層は そらもう全く違うわけで
人種だけ取り上げても 上野なんかは本当に色んな外人さんがおります
人種に限らず 身なりとか全体的な雰囲気が全然違いますね
もちろんそこに何を目的にして行くのかによって 違ってくるんのは当然やけど
ボクは断然上野派です って話です
掘り下げれば色んな発見がある そんな場所
こっちががつがつ突っ込んでいくと そんだけリフレクションがある場所
当然 晩飯は 上野でした
“「薄」「軽」建築は事件だ”
と
銘打たれた 9/24付の日本経済新聞朝刊29面
セジマさんの記事
文を担当した窪田直子氏の記述の中で 印象的だったのは
現代の若者が 妹島和世を支持する理由が
『建築もインテリアもファッションも分け隔てなく等価に見る』
ということ
氏の主張は 特別斬新というわけではないし 至極正統で現代的な捉え方だと思うけど
最近こういう風に色んな物事を見ていなかった自分に気が付かされたわけです
洋服をはおるように 建築をはおる
それくらい身近な そして心身に密着した存在として 建築が捉えられ始めている証拠だ
服を着るとき その服が好きだったり キモチイからそれを着ると思う
それに近い感覚で 自分の身の回りの空間にもそういった欲求があるということだろう
自分の好きな服を着たならば 自分の好きな場所・空間で 時を過ごしたい
そういったことだろうと思う
すごくよくわかる
また もうひとつ こういったこともあると思う
自らが空間を彩る一部として存在したい というような欲求もあるのではないか
意識的ではないにしろ
自分がここにいることで 空間に対して何かしらプラスの存在になりたい ということ
これはもちろん廻りの人が判断するわけだけど
そうすることが結局は自分を気持ちよくしているのだと 考えているのではないか
わかりやすい話しが スタバでコーヒーを飲むことだと思う
ドトールでなく スタバ
スタバに集まる人々に共通しているのは 自分を周りに提供したい
強い言い方をすれば 影響させたい という意識を持った人々だということではないか
スタバからしても その辺を狙った店づくりをしてる気がする
客が客を呼ぶ みたいな
だからドトールにはないお洒落感があるのだと思う
そんなことを思ったわけですが
ちなみに
紙面の片隅にある 「主義主張にとらわれない 妹島和世の3つの提言」は
以下のようになっていました
●建築は様々な人の思いの総体。こうあるべきだという概念はいらない
●異質でいい。日本人に求められるのは海外にない考え方だ
●好きなことはあきらめず、20年続ける覚悟を
20年経ったら もうアラフィーだ
一年ぶりぶり コンペ出しました
JIA東海支部設計競技
構想2時間 作製時間2日間
高速で1/50模型を作製
久々のカッターで 上腕三頭筋がうれしい悲鳴
さて コンペの中身についてやけど
課題は「うちとそと」概念をベースとした「すまい」を提案しろ ということでした
建築とは何ぞや という非常に原初的な問題であり 難しくも非常に楽しい課題でした
が 今回は時間的制約が大きすぎたため 提案内容を深化させる思考を途中で断念
次回まで温存ということで とにかく手を動かした
提案内容は もし言い報告が出来そうならまた当ブログ上で発表します
ちなみに
コンペやった後に思ったこと
■ 表現力なさすぎ
てゆうか 表現力がないんとちゃうねん
むしろあるかもしれんけど 表現力を発揮するまでの時間がなさすぎ
それにどれくらいの時間を費やすのかをいうことを 考えなさすぎ
てゆうか もっと早く取りかかれ的な
■大学の研究室の有難み
ほんと有難い場所やったわ なんでも揃うし ほんま自由にヤらさてもらったよな
スプレーのりひとつとってみても どこでスプレーするかってのは
結構重要なことなんやけど 研究室とかやったら
正直その辺で適当に ぴゃーってやってましたよね
ごみ箱の上で適当に吹いたりとか
床とか ところどころ黒なってましたし
でも 普通のマンションやとそうはいかん
ということで最適な場所は 非常階段だということがよくわかりました
誰もいないからね
ペンキ塗ったりするんも ここがいいです
でも 汚さないようにちゃんと養生しましょう
あと やっぱ研究室におる同輩や後輩やろな
こっちが一人でバタバタしてる時は 総力を挙げて手伝ってくれる
あれって ほんますごいことやね
今は一人で悶々とやってても 話しかける相手さえおらんしね
寂しいわけではないけど まったく
まぁでもCDはかなり聞くよな
昔のやつとか
カーペンターズとかうるさくないしいいよ
でもカッター持ってる時はお勧めしません
眠たくなるから
カッター持ってる時は ロック・ヘビメタやね
ただ首の振りすぎは 本末転倒です
また仕事が忙しくなってきました
少しでも時間のある時に 積極的に出していきたいですな
今 王将が熱い
「餃子は 熱ないとあかん!」
は 王将のしゃっちょさんの名言
基本をきちんと抑えた 当たり前やけど
なんか説得力のある ええ響きです
一回り上の上司(というより先輩といったほうが良いかもしれない)と
たまに王将に行きます
というのも
よく会社で 王将ネタで盛り上がり その流れから
大体毎回同じ内容やけど くだらんけど なぜかおもろい
わざわざ餃子食いに行くのに 何日も前から日程調整をする力の入れようやからな
その無駄さ加減 これまで会社では味わっていなかったからかもしれへんな
そういえば なにかしら関西に絡んでる人が周りに多いのは気のせいか...
そんな先輩方と 食す王将は一味違う
不思議なことに 五〇 六〇代の方々の話とは やはり違った視点だということ
当たり前やねんけど 本当に違うことを言う
もちろん どっちが良い悪いの話ではないけどね
自分が「こうや!こうやないとあかん!」と信じていたことに
「いや こんな考え方もあんで」と 新しいヒントを与えてくれた
今回の「こうやないとあかん!」は モロかったなぁ
全然こうやないほうがええやん
だからこそ やはり自分の考えは「開く」にしていかなあかん
「開く」にしていくことで 新しい価値や指標が生まれる気がする
「閉じる」もほんま大事やけど それは一方通行に陥ってる可能性があるということを
常に意識しておかんとあかん
モロくなかった「こうやないとあかん!」は 大事に「閉じる」すればええ話
南京錠(でもいつでも開錠できるような柔軟性のあるもの)を何重にもして
ほんで 部屋の名前を「自信」から「確信」に変えればええ話
ただ
「開く」先 つまり相手は慎重に選ぶなあかんかもな
身内ばかりに「開く」してても なんの変化もない
違うグループ 違う部署 違う会社 違う専門分野 の人たちに「開く」中で
変化や前進が期待できるんちゃうかな
日々の仕事の中で 常に「開く」機会があるわけでもない
王将の無駄さが 自分にとって大いに意味を持つこともある
だから 常に何をしたいのか意識して「開く」し
柔らかい南京錠で「閉じる」しとかんと
王将の夜
おいしい夜
ペンタ野球部 三鷹市野球大会2部優勝!
練習は皆無でも
ユニフォームがダサくても
優勝すれば 強いチームです
やったネ!
渋ちゃんナイスぴっちんぐ!
トネさんイブシギン最高!
宮澤さん 隠れた四番ですね!
ボクの成績は ほんまさいてーとしか言いようがない
3打数0安打 2三振(見逃し:1つ)
これで負けてたら ホンマ今日仕事どころちゃうかったわ
野球はやっぱオモロイですわ
さぁ 課題が見えてきました
おっさん連中に負けてられへんからなマジで
初めて 相撲生で見ました
大相撲 九月場所
満員御礼
あざす!
国技館の入り口で 元貴闘力がチケットを切っていた
なんでおんねーっん( ̄□ ̄;)!!って感じですが
引退された方はしばしば相撲協会のバックアップに
まわられるそうです
ファンにとってはヨダレもんですな
ボクは特に応援してなかったけど
審判員の中には 元水戸泉も
痩せてて昔の面影はなし
さて 実際の試合のほうはというと...
肉の塊と肉の塊のぶつかり合い
色んな音がなります
バチーっ とか
ゴツーン とか
一方 観客の声援も様々
奇声に近いものとか 落胆の時の「あぁ~」とか
高見盛が負けた時の「あぁ~」の後
落胆の表情の高見盛にみんな「わはは」
泣くな高見盛 お茶漬け食うてまた明日頑張れ!
魁皇は 膝がぼろぼろで見ていて目を覆いたくなった
歩くのさえ こちらから見ていて 違和感を感じさせる程やった
観客の声援も 魁皇が近いうちに引退するんやいかということ
予感しているようで 少し悲壮感が入り混じっていた
それにしても
生の寺尾とか舞の海とか安芸の島とか
見てみたかったよな
あと 若乃花のふくらはぎ
ま
なにはともあれ
こんなに見所が多くて面白い競技はないですよ
空間的にもおもろい
土俵の上の屋根なんか 詳しい意味はよくしらんけど
こいつがないと非常に間の抜けた感じになるやろうな
不思議な雰囲気をかもし出します
いやぁ おなかいっぱい
誘ってくれたゴリエールとタクマーックス!に感謝
ありがとう