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建築設計(意匠)の仕事に就いています.日々のことを綴ります.
2026
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朝 茶碗が割れた
 
コップや皿が割れてもそれほどなんとも思わんけど
長年愛用していた茶碗が割れるとなると
これはいよいよなんか不吉なことが起きるのかもしれない
と 不安になるもの
茶碗は 日本人にとってハクマイを入れる神聖且つ崇高な器なのです
そんな器が あっさり割れてくれる
もう ハクマイは食うてくれるなと そうゆうことですか
 
でも とりあえず 無理矢理にでもこの出来事をポジティブに捉えようと思った
 
これは 神さんからのメッセージなのだ と
割れたということは 新調しないといけないわけです
気持ち新たにせよ ということかなと
だから 今引越ししようとしていることもきっと正解なんだと
後押ししてくれたんですきっと
 
ただ 今年の正月に生田神社で引いたおみくじには
『転居 騒ぐな』
と載っていた
 
・・・そっと そーっと ひっこそ


誰か手伝ってくんない?

DSC04155.jpg























 
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820円の豚のしょうが焼き定食を食べながら
同期の友達が言いました

「インドなんかよりグアムが楽しかったよ」

ゲリが辛くて途中で帰ってきたそうな

オレなんてゲリしにいきいたいくらいなのに
サスガに刺激が強かろうと思い そのことを話すのはやめた
根本的に自分とまったく違うことってあるんやなと
しみじみ感じさせられた


今はなんか 人間クサイ生活がしたいなぁ


※ 写真と本文とは直接的な関係を持ちません





安藤忠雄 建築展 [挑戦-原点から-] と銘打たれた展覧会が
ギャラ間で開催されている
原点に相応しく 住吉の長屋のモックアップが展示されており
展示会としては小規模だが 濃密な展示内容だ

このモックアップがなんとも感慨深かった
なにせ これはボクにとって いや近大建築学科生にとっては原点なのだから
思い出しますね 冬休みにつくった1/50模型
空間体験してみて思ったけど 意外と大きくもなく小さくもなく しっくりきてたこと
あんだけ没頭してつくった模型は 最初で最後だったかもしれないなぁ

いやしかし まだまだ原点振り返ってる場合じゃない!
まだ何もしてへんで



上:これはある安忠建築の内部空間です さて どこでしょうか




もうとっくに終わったけど 行きました?

「村野藤吾・建築とインテリア -ひとをつくる空間の美学-」

副題がええよね
言い換えると 空間が人をつくるわけやん
現代社会も現代人も こうゆうことにもう少し敏感になったほうがええ
コストダウンやら環境負荷低減も もちろん大事
これ無しには 施主も説得できへんし 社会も許してくれへん
(個人住宅は別やろけど)
でも それと同じくらい大事なことを 村野藤吾は教えてくれる

この椅子<スワンチェア>は箱根プリンスホテルのロビーにあります
座面が一般的な椅子よりも低い
300ちょっとしかない
この低さが妙にええねんなぁ
座った3秒後に眠くなるし かわいいし
見たこと無いけど スーツをパチッとキメた いかにもできそうな男の人が
ちょこんとこれに座っている光景を想像すると
なんとも言えへん愉快な気持ちになる
そんなもんがロビーの豪華な空間の中に整然と並べられると
緊張が和らげられ 人に優しさ親しみ落ち着きを与える
家具一つが空間や人にここまで影響を与えるんですな
見方を変えれば 人って家具や空間から知らず知らずに色んなことを
与えられているんかもしれません
それによって 気持ちかったり窮屈に感じたりするんでしょうな


先日 日経新聞にトヨタの奥田さんのこんな記事がありました

「我が国の衣食住のうち衣食は満足できるが 住ははなはだ不十分」
「寿命も短く 造っては壊し 造っては壊しと資源の無駄遣い」
「豊かな住生活が整備されれば 自動車や家電などの需要にも繋がる
国民が一体となって 住生活を豊かにしていく大きな流れをつくるべきだ」

まぁ今のトヨタの低迷と昨今の金融危機からくるコメントなんでしょうが
つまり 車が売れるには住宅インフラが鍵を握ってると言ってはるんかなぁ
経済が持続的に発展するには 国民の住生活が豊かにならなあかん
ということは国民が自らの住生活に対してもっと考えてや と
ほんで その基盤を担っているのはやつら(我々建築に携わっている人間)は
国民の考えてることと呼応させながら より良いものをつくってや と
そうゆうふうに理解しました

村野藤吾と奥田さんが教えてくれることが 完全に一致してるかは別として
でも 二人とももっと一人ひとりが身の回りのことに
いろいろ感じて考えてやと 仰られているんでしょうな
でも 空間が人をつくるには
人がそれを感じ取るだけの何かきっかけを持っとかへんとね

もっといろいろ感じて 考えて せなあかんわ







無性に魚を捌きたくなることがある

誰にでもある
かどうかはわからないけど

どんなところに行ったって市場の雰囲気はいいものだ
見たこともないようなものが沢山溢れかえっていて賑わいが目に見える
単純に 果物や肉 魚などを見ているだけでも楽しい
店と客とのやり取りもおもしろい
見知らぬ土地の市場に行って あーだこーだ言っているそんな場面を見ていると
羨ましく思ったりなんかする


以上は非日常(旅行先)のお話


じゃあ ジャスコ猪名川店に行ってみよう
ここの魚売場には若干ではあるけどそんな雰囲気が残っている


「これ刺身にできます?」
「できますよ、下処理しましょうか?」
「いや、いいです・・・・(下処理も含めて目的のひとつなので)」


加工されていないものを買うにはコミュニケーションが必要だ
内臓だけ取っといてとか 頭はいらないとか 袋を2重にしといてとか
それに比べてバラバラにされてパックされたやつはそれがない
バラバラパック魚は原型を感じることができず
あたかもブリはこのような切り身の状態で存在していたかのような想像さえ
してしまう
子供なんてほんとにそう思ってなくても それが当たり前に感じてしまう
血抜きも鱗も綺麗に処理されて 漂白されきって味気がない





だから
無性に捌きたくなるというのは少しグロイ話かもしれないけど
内臓を触ったり血の色がこんなに赤黒いのかと改めて感じたり
生臭い匂いを感じたりボクの中の何かがそれを欲求しているのだ
これって自然な衝動だと思うんです


捌きおわった切り身を皿に盛り付け暫し 冷蔵庫で冷やした後
ご飯とガッツリ食べました

天然ツバス 美味

398円
たまにはいいでしょ





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